※英日+仏
英は出てません。
「菊ちゃんさぁ…。わかっててやってるでしょ」
「…何をですか?」
全く心当たりがありませんという表情で、菊は煎餅をぱきりと2つに割った。濃緑の茶碗の隣にぱらぱらと音もなく僅かに散った煎餅の欠片を、フランシスは恨めしそうに見つめる。
菊はよくフランシスを自宅へ招く。そりぁもう頻繁に。用件はその時々によって様々だったが、何よりフランシスが菊の自宅に頻繁に招かれているという事実は事実であったので、たとえ内容はどうであれとても仲の良い友人か、もしかしたら恋人同士なのかと邪推する者もいるだろう。
しかし残念ながらフランシスと菊はとても仲の良い友人の方で、菊にはちゃんと恋人がいる。それもとびきり面倒くさい恋人が。
最近、アーサーがものすっごくつっかかってくるんだけどと零せば、仲が良い時なんてあるんですかと返しながら菊は2枚目の煎餅をぱきりと割った。いや、確かにそうだけどと笑ってお茶を一口飲む。菊は薄く微笑みながらじっと茶碗から立ち上る湯気を見ていたが、ふぅと悩ましげなため息をつくと、私困ってるんですよねぇと声を漏らした。フランシスは意味をはかりかねて、はぁ?と首を傾げた。
アーサーと菊はもう知り合ってだいぶたつというのに、お互いの性格が関係してか互いの気持ちは寧ろ周囲がやきもきする程確かなのに、距離を縮めるのにフランシスなら考えられない時間を要していた。その2人がやっと付き合うことになったと聞いた時、素直に喜ぶ気持ちともうアーサーの愚痴を聞かずに済むという安堵を覚えたものだった。しかし、フランシスの安堵をよそにアーサーには前にも増して絡まれ、菊は楽しそうにしているもののため息をついている。何が困ってるのとフランシスが問えば、菊はぼそぼそと口を動かした。
「…どうしたらいいかわからなくて」
俯く菊にフランシスは、子供じゃないんだからと笑い飛ばそうとしたが、2人の性格を考えるとあり得ることだと思い直し、半笑いのまま口を閉じた。アーサーは元々の性格が天の邪鬼だし、菊の様子を見る限り、まさかアーサーが菊とフランシスの交流にまで嫉妬するような心の狭い男だとは思っていないようだ。
じゃあもっと2人の時間を増やしてみたら?お兄さんとじゃなくてと当たり前のアドバイスをすると、俯いていた顔がすっと前を向いた。
そうですねぇ…でも、と菊は言葉をきる。
「可愛いので。嫉妬するアーサーさん」
そう言いながら着物の裾で口許を隠しころころと笑った。三日月型に細められた黒い瞳は艶やかな光を放ちながら、この場にはいない恋人を思って輝いていた。
「…菊ちゃん。やっぱりわかっててやってるよね」
「さぁ?何をですか?」
素知らぬ顔でお茶をすする菊に、お前らお似合いだよとは口に出さずにフランシスは喉の奥で笑った。