案内された庭園の一画に、周囲の花々とは似つかわしくない見知った赤い花を見つけて菊は足を止めた。
久方ぶりにイギリスを訪れた菊に、庭を案内してやると言い出したのはアーサーだった。横に立つアーサーの顔を見るとそわそわしていていかにも何か言って欲しそうな表情をしていたので、菊は気付かれないように笑いをかみ殺した。
アーサーさん。あの花は?と菊が問うとアーサーはびくりと肩を震わせ、そんな反応を隠すように腕を組んだ。
「あ、ああ。前にお前の国に行った時に見つけたんだ。・・・ちょっと気になったから植えてみただけだ!」
そう言う割りには花の余分な葉は剪定され、僅かな風にそよぐ姿は美しく、丁寧に育てられていることが目に見えた。
まるで、その花が本来は不吉だと言われているなんて嘘のようだった。
気に入ったなら分けてやるという声と花を摘もうとのびた手に、菊は慌ててその手を掴んだ。
菊の突然の行動にアーサーはポカンとしたあと、な、なんだよと尋ねる。菊は菊で説明しようにも上手い仕方が咄嗟には思い付かず、あ、うと言葉に詰まってしまい、アーサーの手を掴んだまま2人の間に沈黙が落ちた。
暫くそのまま2人で固まっていたが、いつまでもこのままでいるわけにはいかないと、菊は決心して口を開いた。
その花は彼岸花といい毒を持っていること。別名を死人花といい、自分の国ではあまり縁起の良い花ではないとされているということ。言葉にするたびにアーサーの肩が落ちていくのがわかり、菊は早々に後悔した。
言わない方が良かっただろうか。しかし、菊にとってはアーサーの優しく紅茶を注いでくれる手が傷つく方がもっと嫌だった。
綺麗な花なのに、という小さな呟きに、そうですねと頷く。しかし花言葉は良いのですと菊は風に揺れる彼岸花の前にしゃがみ込んだ。


「また会う日を楽しみに」


良い言葉でしょうとアーサーを振り返って笑った。
赤い花弁を撫でて立ち上がり、力無く下がった手をとり両手でそっと包んだ。アーサーさんさえ宜しければ、この花はこのまま此処に置いてやっては頂けませんか?とても綺麗に咲かせて頂けている様ですし。
嬉しそうに細められた黒い瞳に、あ、ああ!と頷き返し、包まれた手を握り返した。




アーサーは庭園の一画に立っていた。久しぶりに屋敷に帰ることができたので、せめて庭の手入れでもと思ったのだがやはりやめておけばよかったと後悔した。
自分の姿は、あの時の様に濃紺のスーツではなく軍服だったし、何より1人きりだった。
また会う日を楽しみに。そう言って微笑んだ顔は鮮やかに思い出せるのに、それは確かな過去だった。
「…あの言葉、嘘になったな」
言葉を零したアーサーの前には、そこだけ変わることなく彼岸花が風に揺れていた。