※流血表現 あり
指先に鋭い痛みを感じて、菊は咄嗟に指を銜えた。自分の迂闊さに、はぁとため息をついていると背後から、どうした?と声をかけられる。突然掛けられた声にびくりと反応して振り返ると、居間にいたはずのルートヴィッヒが立っていた。
「あぁ、いえ、大したことは…、少し指を包丁で切ってしまったようで」
ルートヴィッヒは、大丈夫なのかと少し心配そうに眉を歪めたが、当の菊は指を銜えたまま、ドジですよねぇと苦笑するだけだった。
「大丈夫ですよ、そんなに深くは切ってな…あ」菊の唇をつぅと血の筋が汚した。驚いて銜えていた指を見てみると、浅い傷だと思っていた切り傷は傷自体は小さいものの、少し深めに切っているらしく、みるみる血が溢れて小さな玉をつくった。止血してガーゼでも貼ろうと思い、上に向けた手首を前から伸びてきた手が強い力で掴んだ。
ぎょっとして手の先にあるルートヴィッヒの顔を見るが、本人はじっと菊の指先を見つめている。
嫌な予感がして手を引っ込めようと力を込めるが、掴まれた腕はびくともしなかった。
「…あの、ルートヴィッヒさん?」
次の瞬間、菊はひっと息を呑んだ。ルートヴィッヒが何を思ったのか掴んだ手首をそのまま引き寄せ、血の浮かんだ指をべろりと舐めたからだ。
慌てて制止する声も聞かず、今度は指を口に銜え込む。ぬるりとした粘膜の感触と自分とは違う体温に、菊は僅かに肩を震わせた。
ぢゅっという音と共に口内で指を強く吸われ、否応無しにそこに熱が集まる。手首をさらにぐっと引き寄せると、ルートヴィッヒの舌が指の間を這った。シワの間を見逃さずに丹念に這っていく赤い舌を見ていられず、視界から追い出す為に菊は思わず固く目を閉じたが、生温かい舌の温度と感触、耳に入る音が大きくなったように感じてしまい、ぅうと小さく呻きながら薄く目を開けた。
瞬間、ばちりと水色の瞳と目が合う。趣味が悪いことに菊が目を閉じて感触に耐えている間、ずっとその表情を観察していたらしい。
「…どうした?」
まるで何でもないような顔をして、ルートヴィッヒは自分の唇を舐めた。濡れた赤い舌が台所の安い蛍光灯の光を反射して、てらてらと光っている。
菊は腹の奥でずくりと泥が湧き上がるような感覚を誤魔化すように、もう血は止まりましたと言いながら、水色の瞳を恨めしげに睨んだ。
「いや、まだだ」
え、と菊が抗議する間も無く、ルートヴィッヒは再び指に舌を伸ばすと傷口を刺激し始めた。舌先を傷口に押し当て、ぐりぐりと圧迫する。僅かな痛みと、くすぐったいような形容しがたい妙な感覚がぞわりと背筋を駆け抜け、菊は思わず唇を噛んだ。
「っ…ぁ、う」
「そんなに噛んだら傷がつくぞ」
冷静な声音とは裏腹にルートヴィッヒの口元は明らかに楽しそうに歪められ、瞳の奧には愉悦の色が浮かんでいた。
胸の内に渦が巻き起こり痛みが背筋を下ってぞわりと肌を粟立たせ、足を震えさせる。ルートヴィッヒの表情に無性に腹が立って、ぐっと眉を寄せて抗議の声を上げようとしたところでがりっと傷口を強く噛まれ、菊は口から、っひゃうとかん高い声を出してしまった。自分の口から飛び出た間抜けな声に菊は自分の顔に一気に熱が集まるのを感じた。
「っルート、ヴィッヒさん!い、痛いです」
菊の悲鳴のような声にルートヴィッヒは、痛い?と小さく呟いて指を口から離すと、固まる菊の唇に付いたままだった血をべろりと舐めとって耳元に顔を寄せて囁いた。
「本田。それは気持ちいい、というんだ」
言葉と同時に服の上から足を這う骨ばった指の感触に、菊は観念するように目を閉じた。