リクエスト:中日



指先で感じた自分の頬の熱さに、あぁ…酔っているなと菊は頭の隅で他人事のように考えた。
炬燵でぬくまりながら向かいを見ると、お猪口で酒を飲みながらテレビを見ている王耀がいる。
突然酒を片手に訪ねて来たと思えば、今日は我に付き合って貰うあると家の中に上がり込まれ、しょうがなく作りかけだった夕飯を2等分した。つまり。

「王さん、お腹減りました」

菊は炬燵机に顎を乗せて呟いた。普段の菊なら行儀が悪いとしないであろう格好に、王はテレビから視線を外した。
「菊。お前、酔ってるあるか?」
王の呆れたような声に菊は少しむっとして、酔ってないですと返したが、とろんと焦点の定まらない目と紅潮した頬はどう見ても酔っ払いの体である。
酔っ払いは皆、そう言うよと肩を竦める王を睨みながらもう一度、お腹すきましたと呟いた。
しまいには子どものようにぐずりだした菊に、王はお猪口に注いでいた酒を一気に飲み干すと、しょうがねぇ奴あるなとため息をついて炬燵から立ち上がった。
「…炒飯ぐらいしかできねぇあるが、いいか?」
冷蔵庫を覗きながら、未だにぐずっている菊に尋ねると、机に俯せていた顔をぱっと上げて、それがいいですと笑った。


菊は油が跳ねる音を聞きながら、ぼんやりとした頭でそう言えば昔にもこんなことがあったなと思い出していた。
お腹がすいたとぐずる幼い菊に同じ様に作ってくれた炒飯と、ため息をつきながら、おめぇは食い意地だけは一人前あると、菊の頭を撫でながら呆れたように笑う王の顔。

余りにも今と変わらないやり取りに笑いが込み上げてきて、菊はお猪口に酒を注ぎながら、ふふと小さく笑った。
「…何、1人でにやにやしてるあるか」
呆れ混じりの声に目を向けると、両手に皿を乗せた王が立っていた。炬燵机の上に置かれた2つの皿に、菊はおやと目を開いた。
「王さんも食べるんですか?」
お猪口を片手に皿を覗くと、ほかほかと湯気をたてる炒飯が盛り付けられた皿が2つ。
「ぅ、わ、我が作ってやったんだから、我が食べるのは当たり前ある!」
王の言葉に、そうですねと返しながらにこりと笑うと、皿にレンゲを添えながら、その顔、腹立つからやめるあるとジト目で王が言った。
それに適当な返事をしながらレンゲに炒飯を掬うと、新しい湯気がふわっと立ち上った。

「…そういえば、昔にもこんなことあったあるなぁ」

耳に入った王の言葉に、菊は口に運ぼうとしたレンゲと開いた口をそのままに、驚いて王を見つめた。王はそんな菊に気付かずに炒飯をかき込みながらぶつぶつと文句を言い続けている。
「全く、おめぇは昔も今日みたいに急に腹が減ったなんて言い出して…、食い意地だけは昔っから人一倍だったある」
変わったのは刻みネギ食べれるようになったことだけねと言われた所で、菊のレンゲからご飯粒が一塊、ぽろりと落ちた。
思ってもみなかった王の言葉に、菊は頬に酔いとは違った熱が集まるのを感じた。
きっと自分の顔はさっきより赤くなっている。
その顔を隠すように、止まっていた手を動かし、一心不乱に湯気を立てる炒飯をかき込む。その異様な食べっぷりに、今度は王が手を止めた。
「…そんなに腹減ってたあるか?」
唖然とした声に菊は小さく、そうですと返した。
菊の返事に王は少し沈黙したあと、じゃあこれも食べるよろしと自分の皿から半分程の炒飯を菊の皿に移した。
「腹一杯食べるある」
そう言って笑った顔も、口の中に広がる味も、昔とおんなじでさっきとは違った切なさが込み上げた。じわりと視界の中で歪んだ炒飯を、菊は自分に酔っているからだと言い聞かせて、おいしいですと呟いた。