オレンジ色の仄かな明かりに照らされた薄暗い店内に、ギィと小さな音が聞こえ、私は店の入口に目を向けた。
2人で連れ立って入ってきたのは、1人は地元の人間だろう金髪の男性と、黒髪の男性(童顔だがスーツの体つきからたぶん)だった。2人は一番奥のカウンター席に着き、金髪の男性が目線で私を呼んだ。
「ジンバック」
男の注文に一つ頷くと、私から目線を外して隣に座る人物に、お前は?と尋ねる。
尋ねられた方はというと、余り酒に詳しく無いのか首を捻る。そんな様子に助け舟を出すように、金髪の青年が、どんな味がいい?と聞いた。
少しの間が空いて、甘めの方が…、という控えめな声。男は考えるそぶりで、再び私に目線を合わせた。
「アレクサンダーを」
男の注文におや、と内心驚きながらも顔には出さずに、畏まりましたと、頷いた。
テーブル席に注文された料理を運び、カウンターに戻る途中、ふとあの2人の後ろ姿が目に入る。
よく見れば、黒髪が僅かにゆらゆらと揺れていた。隣の男はというと、自分のグラスを傾けながらも時々隣を気遣っているようだった。
空いた皿をシンクに置き、水滴のついたままのグラスを拭く。カウンター席にはあの2人の客しか座っておらず、自然、会話も耳に入ってくる。
「…菊?大丈夫か、顔が赤いぞ」
横目で様子を窺うと、黒髪の青年の頬が仄かに上気しており、後ろから見た通り頭をふらふらと不安定に揺らしながら瞳をとろんとさせていた。キクという名前らしい青年は、その声にむっとしたように眉を寄せる。
「大丈夫れす」
「…喋れてないだろ」
そのまま2人して黙ると、青年の前の空になったグラスの中で、氷がからんと鳴った。
拭いたグラスが7個になったところで、トントンとカウンターを叩く音が耳に入る。
グラスを静かに置いて席に向かうと、水をやってくれ、と言われる。頷いてグラスに注いだ水を置くと、キクは胡乱な目でグラスを見つめてから、それを一気に飲み干した。その様子を見届けてから、グラスを拭く作業に戻ろうと踵を返すと、ガタンと僅かにカウンターが揺れた。
目を向けると、黒髪が金髪の青年の肩で広がっている。
どうやら水を飲み干して、そのまま寝てしまったらしい。成る程、さっきのはこの青年が倒れかかった音か、と独り納得する。もたれ掛かられた方の青年はというと、突然のことに何が起きたのかわからなかったらしく、自分の肩で静かに寝息をたてる頭を見下ろすと、一気にその顔を真っ赤に染めた。そのまま固まってしまった彼に、私は思わず声を掛けてしまう。
「…車をお呼びしましょうか?」
私の声に一瞬、はっとしたように身を強張らせた彼は、寄り掛かった頭が落ちない様に細い肩を支えながら、頼む、と小さな声で言った。
車を待ちながら、力の抜けた体を支える青年に向けて、いらぬ世話と思いながら忠告する。
「酔わせるのにアレクサンダーは向いていませんよ」
突然掛けられた声に、未だに頬を染めたままできょとんとした表情。
あー…と、目線をさ迷わせた。
「…そんなわかりやすかったか?」
仕事柄、人間観察は欠かせない。ばつが悪そうな顔に向かって、はい、とっても、と返す。
私の返事に、深いため息をつく青年。
「…でも、脈はあると思いますよ」
「はぁ?何でそう思うんだよ。…女の勘か?」
いささかガラの悪い口のききようを無視して、隣りの顔を指差す。
「嫌いな人の隣でそんな表情はしませんよ」
頭を預けて眠る顔は僅かに微笑んでいる。
カランとグラスの氷がまた鳴って、外から車の到着を知らせるクラクションが短く響いた。