※ほしのこえパロ
  西日+普+仏




「なんだよ、また携帯見てんのかよ」
携帯を眺めていると後ろからギルベルトさんに声をかけられた。いつの間に私の背後にやってきたのか、全く気が付かなかった。
ギルベルトさんの背後に目をやると、教室の扉に凭れ掛かっているフランシスさんがいた。なぜ、お2人が学年違いの私の教室にいるのかが咄嗟に判断できずに教室を見回せば、もう昼食の時間だったらしく、教室にいる生徒の数はまばらだった。
「おい、聞いてんのか!本田!」
「あ、はい。すみません・・・。」
「メシ食うぞ。早く準備しろよ」
「はい」
もう一度慣れた手つきでメールを問い合わせ、新着メールはありません、といういつもの文字に目を瞑り、屋上へ向かった。最近、携帯画面を食いつくように見ているけれど、アントーニョさんからのメールは無く、私がメールを送信してから3日が過ぎていた。たった3日、と思うがアントーニョさんは国連宇宙軍のロボットパイロットに選抜され、現在は地球を離れて火星の探索を行っている。宇宙と地球の間には時間差が生まれ、まだ回線の整備されていない携帯電話では返信が遅れてしまうようだった。


ふとアントーニョさんが地球を旅立つ日のことを思い出した。
2週間ほど前、学校の帰りにアントーニョさんが漕ぐ自転車の後ろに跨りながら、いつものように他愛ない話をする私達の頭上を何機かのトレーサーが追い越していった。アントーニョさんが自転車を止め、空に残る煙を見上げた。
「なぁ、菊。俺、アレに乗ることになってん」
アントーニョさんの突然の言葉に、私は反応することができなかった。その間にもアントーニョさんは明るい声で話を続ける。
「あれに乗って宇宙に行くんやって。それで色んな惑星の遺跡調査して・・・」
「断れなかったんですか・・・?」
「うん」
「・・・そ、んな」
そんな声出さんといてや、と笑うアントーニョさんの肩を強く掴むと、制服のシャツの下から温かい体温を感じて、余計に私の心を切なくさせた。
「俺に出来ることしてくる」
「・・・アントーニョさん」
「すぐに帰ってくるって、菊。」
「アントーニョさん」
「うん」
私は、アントーニョさんの肩口に顔を押し付けた。アントーニョさんは笑って私の頭を撫でてくれた。その時のアントーニョさんの手がとても温かかったのを、よく覚えている。


菊へ。元気にしとるか?もう地球を離れて3週間くらいになるんかな。ギルとフランシスに苛められてへん?それだけ心配やわ。あ、菊、今苦笑いしとったやろ?
この前、火星での探索でタルシスの遺跡見たで。やっぱり教科書に載ってる写真を見るのと、現物を見るのとはちゃうな!旗艦での生活にも十分慣れて、友達もできそうやで。でも、ギルのアホみたいな笑い声とか、フランシスの下ネタとか、菊の弁当の味が懐かしいわ。ほな、またな。次は木星に探索に行くことになりそうやわ。アントーニョより。


「よ、菊ちゃん。珍しいね、サボりなんて」
「・・・フランシスさん」
「1人で黄昏ちゃって。アントーニョからのメール見てるの?」
「ええ」
「いいね〜、離れても繋がってる恋人たち!」
「恋人って・・・、私とアントーニョさんはそんな仲じゃありませんよ」
「え?付き合ってなかったの?」
屋上のフェンスに凭れながら、フランシスさんは大きな溜め息を吐いた。夏にしては湿気の無い心地よい風が、私とフランシスさんの髪と制服を靡かせた。
「寂しいって顔してる」
「寂しくないです」
授業中の屋上には、私とフランシスさんだけで、校庭から体育の授業でサッカーをしている生徒の声が遠くから小さく届くだけだった。握ったままだった携帯を操作して問い合わせをしても、アントーニョさんからのメールが届いているわけもなく、地球と木星では一体どれくらいの距離と時間差があるのか。考えてもしょうがないことを思ってしまう。知らずに手に力を込めてしまって、掌の中の携帯がキシリと鳴った。はっとして隣を見ると、真剣な目で私の顔を覗き込むフランシスさんがあった。
「寂しいんだな」
そう言うフランシスさんの声があまりにも真剣に私を心配してくれているものだったので、つい、いつも必死に押さえ込んでいた本音がこぼれた。
「・・・寂しいです」
とても、と付け加えると、フランシスさんはフェンスから離れ、私に背中を向けた。
「・・・実はさ、菊ちゃんに内緒にしてたことがあるんだけど」
「・・・何ですか」
「アントーニョに言うなって言われてたんだけど・・・。本当はあのプロジェクトには菊ちゃんが選ばれる予定だったんだって」
「・・・え?」
「でも、菊ちゃんを宇宙になんかやれないって。菊ちゃんがいなくなると悲しむ奴がいるってさ。あいつが引き受けたんだ」
フランシスさんからその言葉を聞いたとき、アントーニョさんが「俺に出来ることしてくる」と言った声が蘇り、息を呑んだ。アントーニョさんに会いたいとずっと思っていたけれど、今までとは比べ物にならないくらい、その気持ちが大きくなった。アントーニョさんに会いたい。会いたい。
「・・・ごめん。言うべきだったよな」
「・・・はい」



アントーニョさんへ。こちらはすっかり夏です。今年は一段と暑い気がします。ギルベルトさん、フランシスさんとも変わらず仲良くさせていただいています。ですが、アントーニョさんがおられなくて寂しいです。フランシスさんや、ギルベルトさんともお話して色々考えました。何のお話かとは言いませんが、それが、きっと、アントーニョさんが私を思っての優しさなのだろうと受け止めます。けれど、アントーニョさんの存在は決して軽いものではありません。そちらでもお友達ができたようで、自分のことのように嬉しく思っています。では、体にお気をつけ下さい。本田菊より。


菊へ。返事ありがとう。宇宙での地球の情報はめっちゃ限られてるから、菊からのそっちの話は新鮮に感じるわ。木星での探索も順調。地球では見たことも無い生き物もたくさんおった!ここで何も無ければ地球に帰れるって予定やったけど、可能性があるんやったら他の惑星にも行こうってことになって、まだそっちに帰るには時間がかかりそうや。
菊からのメールはいっつも楽しみにしてるんやけど、今回はびっくりした。俺にとっては一番良いと思えることをしたつもりやったけど、菊にとっては違うみたいやった。・・・ごめんな。でも、俺は全然後悔してへん。やから、悲しそうな顔はせんと笑ってて欲しい。・・・俺のわがままやな。ごめん。フランシスとギルベルトに帰ったら1発殴ったるって伝えといて!アントーニョより。



メールが届くのは日に日に長くなって、私はあれだけ肌身離さず持ち歩いていた携帯も確認することをやめてしまった。
最後のメールが届いたのは送ってから半年後。夏はあっという間に過ぎ、冬になってしまった。アントーニョさんへのメールに、こちらは冬です、と書き添えても、あちらに届くのは半年後。もしかしたら、もうそれ以上の距離まで離れているのかもしれない。私より1つ学年が上のギルベルトさんやフランシスさんは卒業を控えて、忙しいようだった。そして私はアントーニョさんからのメールを待たなくなった。


携帯の保存フォルダには、18歳のアントーニョさんへ、20歳の本田菊よりというタイトルのメールが保存されていたけれど、このメールを読む私は、もう25歳になってしまった。
18歳のアントーニョさん。とても会いたいです。あなたがいなければ笑顔でなんていれません。とても、とても、会いたいです。アントーニョさんに会いたいです。20歳の本田菊より。
送れなかったメールを読み返して、その時だけアントーニョさんを思い出した。



ベランダから街に降る雪を眺めていると、サイドボードに置いていた旧式の携帯が震えた。部屋に戻って、画面の表示を見ると、新着メール1件という文字。ボタンを押すと、見知った名前に喉が震えた。震える指でボタンを操作し文面が現われた時、携帯の画面に涙が落ちた。

菊へ。このメールがちゃんと届いてるかはわからんけど、届いてたとしたら、菊は俺のこと覚えていてくれるやろか?俺はまだ18歳やけど、菊はいくつになったんやろ。
今更何言うねんと思うかもしれへんけど、ほんまはずっと菊のことが好きやってん。ギルとフランシスと俺と菊でアホなことやったり、菊と学校の帰りにアイス食べたり、自転車乗って坂道下りたり。そんな時間がめっちゃ好きやった。ずっとそんなことばっかりしときたかった。もし、菊が他の誰かを好きになってたり、結婚したりしてても、俺はずっと菊のことが好きやで。それだけ言いたかった。アントーニョより。


18歳のアントーニョさんへ。本田菊です。私は25歳になりました。ギルベルトさんとフランシスさんも、アントーニョさんよりもだいぶ年上になってしまいました。いつ届くのか分からないメールは不安ですが、あなたからのメールを読んで幸せな気持ちになると同時に、当時のことを思い出します。
実は今度国連宇宙軍に入隊することになり、私も宇宙に旅立ちます。ギルベルトさんとフランシスさんは、私より一足先に宙に行っています。今まで送れなくて、ずっと仕舞い込んでいたメールがあるので、それも一緒に送りたいと思います。今も同じ気持ちで、アントーニョさんに会いたいです。早くあなたに追いつける日が来ることを願っています。