※戦争表現+軽い性表現
米日→英
いつになく本田さんが鬱です
私はベッドの端に腰掛けて、タイルの数を数えていた。
ちらりと後ろを見ると、いつも掛けている眼鏡を外した金髪の青年が、枕を抱えて気持ちよさそうに眠っている。その顔は、まるで遊び終えて満足した子供のようで、先程まで私を散々乱れさせていた人物と同じだとは思えなかった。
戦後、私に命じられたのは、この青年のご機嫌を損ねないこと。それが疲弊したこの国を立て直す一番の方法らしかった。終戦直後は色々考えたものだが、自分の正義を疑わない、この青年、アルフレッドと関係を持つようになって以来、私は考えることを放棄した。アルフレッドさんが望むのならば何だってする。例え、それを他国に詰られようと、私の心はちっとも痛まなかった。
ふ、と覚えのある香りが私の鼻腔をくすぐり顔を上げた。
目の前には禍々しいとも言えるような、赤いバラがあり、私はいつものように、それらの中から一輪選び出して手折ると、指先で花弁を優しく撫でた。途端、ますます強くなったバラの香りに、掌が傷つくのも構わず、茎を棘と一緒に掌に閉じ込め、芳香を放つ花びらを握り潰した。棘が深く刺さり、血を流している。だけど、掌は全く痛みを感じなかった。
痛みの代わりに、目の前を懐かしい金色の光が掠めていった。
ああ…あの光は…。
「ぅ…ん…菊?」
シーツの擦れる音と一緒に、私の腰に腕が絡みついた。私は振り返らずに、手の中のバラにもっと力を込めた。掌で花びらが擦れ合う感触の後、漂う香りがさらに濃厚なものになった。
「…起こしてしまいましたか?申し訳ありません」
「ううん、隣にいなかったからびっくりしただけ」
背を向けたままの私を不審に思ったのか、アルフレッドさんが静かな声で、菊?と名前を呼ぶ。
ここで彼に何も言わず、部屋を出て行けばどうなるだろう?私はあなたのおもちゃじゃないんですと、喚いてやったらどんな顔をするだろう?
きっと、今、私はひどい顔をしている。できもしないことを夢想して、暗い喜びにひたっている。
もう一度、アルフレッドさんが私の名前を呼ぶ。私は握り潰したバラを床に落とす。最早、茎だけとなった真紅のバラは、同じように無惨に握り潰され、床に散らばる何本ものバラに同化した。血の滲んだ茎と、散らばる花びらを一瞥して、私はアルフレッドさんを振り返った。表情を笑顔にすることも忘れない。
「何ですか、アルフレッドさん」
大丈夫、私はあなたが好きな私ですよ。
強い力で手を引かれ、あっという間にアルフレッドさんの腕の中へと抱き込まれる。私は頭の中で、もう一輪、バラを握り潰した。
「どうなさったんですか?」
「…どうもしないよ、何となく…」
アルフレッドさんはそのまま目を閉じると、静かに寝息をたてはじめた。抱き寄せられたままの腕は外されそうにもなかったので、私は酔いそうな程のバラの香りに包まれたまま、瞼を下ろした。
幻の花園は、私に蹂躙されるためにあるのだ。