※人形芝居パロ
  普日+伊兄弟
  微妙に死ネタ



俺は時々夢を見る。おぼろげな夢だ。
いつのことだったか、まだ俺が工場で整備士として働くようになる前の、趣味で機械を弄くるのが好きだったガキの頃。
そいつは道端にぽつんと立っていた。
「おい。こんな所で何してんだ?」
振り返った子供は、腕に子犬を抱えてぼんやりとした真っ黒な瞳で俺を見上げた。
「…奥様を待っています」
「おくさまぁ?」
返ってきた答えはあまりにこの子供にそぐわないものだった。不審に思って、子供の全身を眺めてみる。瞳と同様に黒い髪はツヤツヤしているし、身なりも悪くない。腕の中に大事そうに抱えている犬に目をやると、足に怪我をしているようだった。
「おい。犬、どうしたんだよ」
「犬…。ああ、怪我をしてしまったようです」
「ようですってなぁ…、お前の犬だろ。痛そうじゃねぇか」
「…痛い」
犬の足にはじんわりと血が滲んで、ふわふわとした茶色い毛を濡らしていた。子供は不思議そうに怪我を見つめている。
「そうでした。怪我をすると痛いのでした。」
「はぁ?ったく、ちょっと待ってろ!」
肩からさげていたスポーツバックを漁ると、少しシワになったハンカチが出てきた。
今朝、弟が無理矢理突っ込んできたやつだが、今日だけは感謝してやってもいい。ハンカチを犬の足に手早くまいてやると、子供は俺の顔を不思議そうに見た。
「あの…」
「これで一応大丈夫だろ。家に帰ったらちゃんと手当てしてやれよ」
「もう痛くないですか?」
真っ直ぐに見つめてくる瞳は疑うことを知らなさそうで、つい言葉に詰まってしまう。
「い、いや俺は犬じゃねぇからわかんねぇけど。…今んとこ大丈夫だろ!」
俺様に感謝しろよ、と言うと、その子供は真っ黒な目をふんわりと細めた。
「ありがとうございます」




「で?俺は何でこんな所に連れてこられてるんだよ!」
目の前には絵に描いたような豪邸。
さらに俺をここまで問答無用で連れてきた双子。
「うるせぇな、慌てんなよ」
「でも兄ちゃん?ギルベルトも吃驚してるんじゃないかなぁ…?」
「あー?面倒だなぁ。お前が説明しろよ」
「えー!またオレ?」
いきなり仕事着のまま連れてこられて、次は漫才か?謎の双子が言い合っているのを眺めていると、突然豪邸の扉が勢いよく開き、バンッと大きな音をたてた。ぎょっとして扉の方を見ると、12、3歳の子供が飛び出してきた。
「な、なんだ?」
飛び出してきた子供は、勢いよく俺の前を通り過ぎると、言い争っている双子の後ろに隠れた。
「おわ!驚かすなよ!」
「あー、ごめんね、菊。まだ説明してないんだ…」
「お前がもたもたするからだぞ!」
「えー?オレのせい?」
また目の前で始まった言い争いに、俺はふっかぁいため息をついた。


ギルベルト、と双子の片方が振り向いた。
「この子に見覚えない?」
双子のもう1人の方が、屋敷の中に入っても変わらず腰に張り付いていた子供をずいっと前に押し出した。
「こいつの名前は菊。10年前にあんたに会ってるはずだ」
「はぁ?10年前って、こいつはどう見ても12、3くらいにしか見えねぇぞ?」
おずおずとこちらを見上げてくる子どもを見下ろすと、あ、う、と小さく声を漏らした。
「それはそのはずだよ。菊は子型機械人形だから」
「アンドロイドだと?」
「ああ。愛玩用に子どもの姿をしたアンドロイドだ」
機械人形。1人っ子の家庭や老人の為に開発された、人間のそばに寄り添い、共に生きるロボット…。1体当たりの価値も高く、その筋の好事家には、動かなくなった機械人形でさえも高値で求めるなんて奴もいる。
「…もしかしてお前らもか?」
「そうだ。オレはロヴィーノ」
「オレはフェリシアーノだよ」
そう言ってソファーに腰掛ける2人は、表情が対照的な以外、黒いスーツまでそっくりだった。事情を飲み込めず、固まる俺をよそに、あ、そこ座ってよ、と向かいのソファーを勧め、俺が座ったのを見ると、にっこりと頷いて話し始めた。
「この屋敷の奥様、つまり菊のご主人がね、なんでも、昔、ギルベルトに世話になったらしくて、そのお礼にこの屋敷に隠されたものを差し上げたいって言い残したんだ」
「で、オレらは菊に頼まれてお前をここに連れてきたんだ」
双子が話している間、菊はちょろちょろ歩き回って、お茶の準備をしていた。
「んなこと言われたって、俺にはそんな覚え全くねぇぞ?」
こんな豪邸に入ったことがあったとしたら、絶対に覚えいるはずだし、そんな感謝されるようなことをした覚えもない。
「私は奥様から、ギルベルトさんを案内するように、と言いつけられました」
突然の声に驚きながら隣を見ると、菊がティーカップを差し出していた。カップを受け取ると、双子の方にもカップを手渡した。
「その話が本当だとして、何なんだよ、その隠された物ってのは?」
「さぁ?オレ達はギルベルトをここに連れて来て欲しいって頼まれただけだから」
俺がフェリシアーノのいい加減な返答に鼻を鳴らすと、それまで黙っていた菊が口を開いた。
「あの、ギルベルトさん。私、お屋敷の中、ご案内させてもらいます」
どうやら、目の前でにこにこ笑う双子も、真摯な瞳で見つめてくる機械人形も、自分たちの目的を果たすまでは、俺を帰すつもりはないようだった。
…ありがたくて涙がでるぜ。


それからの俺はというと、屋敷を案内するという菊を逆に引っ張り回して部屋という部屋を彷徨っている。豪華な客室、綺麗に磨かれたキッチン、日の光が差し込むバスルーム。俺が扉をどんどん開けると、後ろから小走りで付いてきている菊が部屋の説明をする。最初こそ扉を開くたびに目の前に広がる光景にわくわくしていたが、いい加減飽きてきた俺は、菊と一緒に床に座り込んだ。
「あ゛ー、飽きてきたぜ…」
菊を見ると、俺の顔を見てキョトンと首を傾げている。
「おい、お前、奥様ってやつから俺にくれるものの場所聞いてないのかよ?」
「はい。私はギルベルトさんを案内するように、としか…」
「はぁ、そうかよ…」
ため息をついて部屋の中をぐるりと見回すと、花瓶の横に写真立てがあった。
「菊。あの写真なんだよ」
「写真?」
「あれだよ、あれ。花瓶の横にあるやつ」
菊は俺の指の先を視線で辿ると、ああ、と頷いた。
「ポチくんです」
「は?」
「ポチくんです」
「だから何だよ、それは!」
「昔、奥様が飼われていた犬です。…覚えてませんか?」
菊は少し悲しそうな顔をした。何だよ、これじゃ俺が苛めたみたいじゃねぇか!
「ギルベルトさんは10年前に、ポチくんを助けてくれました。私、すごく嬉しかったんです」
そう言って、菊は初めてほんのりと頬を染めて微笑んだ。
「…そうやって笑うと人間みたいだな」
「そう…ですか?」
「ああ!俺はそっちの方が好きだぜ」
俺がそう言うと、菊は今度はにっこりと笑った。


「お、次はここか?」
他の扉に比べて簡素な作りをしたその扉は、不思議と俺の目を惹いた。
ドアノブに手を掛けると、後ろから追いかけてきた菊が声を荒げた。
「…ぁ!ダメです!その部屋は…」
菊の静止を聞かずに扉を開けると、目の前に闇が広がった。
「何だ、この部屋…?」
闇の中によく目を凝らすと積み上げられた壊れた人形たちが見えた。
「何だよ…これ?!」
俺は部屋の光景に寒気を感じた。
生命というものが全く感じられない、墓場という言葉が一番相応しかった。
「菊…、この部屋は…」
俺が後ろを振り返ると、菊は床に倒れ込んでいた。
「おい!?どうした!菊!」
菊に駆け寄って、抱き上げ、声を掛けると、菊は眉を歪めて頭を抱えながら、俺に小さく返事をした。
「…ぁ、う。」
「おい、大丈夫か?」
「ぁ…子型機械人形の性能は、何よりも人の近くにあることを目的とし、人と暮らすことにより学習機能が心を育て」
「…菊?」
さっきまでの苦しそうな表情とは違う、無表情で淡々と言葉を並べる菊に、俺は言葉にできない焦燥感を感じた。
「っおい!!」
「感情を豊かに保つ…でしょう。とりわけ五感は精密で、暑さ、寒さなどの…」
「菊っ!くっそぉ…」
俺は菊を抱き上げて、双子の元へ走った。走っている間も菊に声をかけ続けていたが、菊は弱々しく俺のシャツを掴むだけだった。

いきなり駆け込んできた俺に、双子は驚いたようだったが、俺の顔と俺が腕に抱いている菊を見ると、事情が飲み込めたようだった。菊を2人に引き渡すと、ロヴィーノが菊を優しくソファーに横たえた。
「…おい。菊はどうしたんだよ」
俺が聞くと、菊を見つめていたフェリシアーノが振り返った。
「ギルベルト…、あの部屋を見たんだね?」
「…人形の墓場みてぇな部屋か?」
「…うん」
フェリシアーノはくしゃりと顔を歪めた。
「あの人形たちは…」
「あの人形たちは、菊があの部屋に埋葬したんだ」
フェリシアーノの言葉を引き継ぐようにロヴィーノが口を挟んだ。
「埋葬?」
「ああ。さっきお前はあの部屋を人形の墓場って言ったけど、それは間違いじゃねーよ」
「子型機械人形は主人を失った後、役目が終わったとして生まれた人形館に帰るようにプログラムされてるんだ」
「けど、こいつは戻ってこなかった。俺たちはこいつを連れ戻しに来た、人形師人形だ」
菊の製作者…。2人の言葉に俺は呆然と立ち尽くすだけだった。
「…オレ達を迎えた菊が言ったんだ。どうしても、もう一度ギルベルトにあいたいって。それまで待って欲しいって…」
ギルベルトを呼んだのは本当は奥様じゃなくて、菊なんだ。屋敷に隠された物っていうのも、オレと兄ちゃんが考えた嘘なんだ。菊の願いを叶えてやりたくて。フェリシアーノの言葉を聞きながら、俺は目を閉じた菊に近寄った。
「オレ達が来るまで、菊は主人が亡くなった後、次々と動かなくなっていく人形たちを埋葬し続けていた。次は自分が動かなくなってしまうかもしれない、そんな不安に怯えながら。あの部屋に」
そしてその恐怖と、不安が菊を蝕んでいった。じゃあ…あいつは…初めから、俺が来た時から壊れかけてたって言うのか?ロヴィーノの背中に隠れながら、小さく声を出そうとしていた菊を思い出した。
「修理はできねーのかよ!俺だって機械のことは少しならわかるし、お前らだって…」
俺の言葉に、フェリシアーノが悲しそうに首を振った。
「言語に障害が起きる程の故障は、メンテナンスした時にデータが初期化されちゃうかもしれない」
「そうなったら、お前のことは忘れちまう。だから、菊は修理を拒否した。」
ぎゅっと菊の小さな手を握ると、うっすらと菊が目を開けた。
「…ギルベルトさん?」
「ああ。ここにいる」
菊の声は、一緒に屋敷の中を走り回った時よりもずっとか細かった。
「あの、嘘をついてごめんなさい。これ、お返ししたくて…」
菊がポケットから取り出したのは、綺麗に折り畳まれたハンカチだった。そのハンカチを見た途端、俺は夢を思い出した。そうだ。どうして今まで思い出せなかった。俺はこいつを知ってたのに!
「…そうか。ポチってあの犬か」
「はい。あの時、ギルベルトさんはポチくんを助けてくれましたから、こ、んど、は…」
「おい、菊?」
「わ、たしが、お礼をす、る、ばん」
ポトリと菊の手からハンカチが落ちる。
黒い瞳が瞼でどんどん見えなくなっていく。
「私、持ってるもの、この、体しか、ない、ギ、ルベルト、あげる、体、売っ、て、金」
菊の言葉にぞっとした。
そうだ。壊れた人形でも高値で買いたいってやつはいるんだ。
「いやだ、怒るぞ。絶対そんなことしねぇ。礼がしたかったら、ちゃんと…ちゃんと…」
「ギルベルト、好き、ありが、とう、楽しかっ、た、すき」
それっきり、菊は目を閉じて動かなくなった。



それからの俺はというと、すっかり元の生活に戻っている。相変わらず弟はうるせぇし、仕事も疲れる。
変わったことと言えば、ハンカチは弟に言われずとも持つようになったことと、携帯にメモリーが一件増えたことくらいだ。
週末になると、俺は電話を掛ける。暫くのコールの後、もしもしーと、間延びした声が聞こえた。
「よぉ、フェリちゃん。俺だ」
「ギルベルトー、元気?」
「ああ。お前の兄貴も元気か?」
「うん。兄ちゃんも元気だよ」
「そうか」
「明日来るんでしょ?」
「ああ」
あの後、眠った菊を人形師の双子が引き取ってくれている。なぜそこまでしてくれるのかと聞けば、まだ菊の願いを叶え終わってないから、だそうだ。俺がその時のことを思い返していると、電話から小さく笑い声が聞こえた。
「…何だよ」
「今、兄ちゃんと菊の様子を見てたんだけど・・・」  
少しの沈黙の後、優しい声が聞こえた。
「幸せそうだよ。幸せそうに眠ってる」
「…そっか」
「うん。きっと、初恋の続きを夢見てるんだよ」


日曜日。俺は双子の人形師に渡された紙を握り締めて、眠る人形に会いに行く。ベッドの中で眠る人形は、幸せそうに微笑んでいるらしい。