「おい、腹減った」
「・・・」
菊が振り返ると、ギルベルトが頬杖をついていた。菊は洗濯物を畳みながら、小さく溜め息をついた。
「ギルベルトさん。先程おやつを召し上がったばかりじゃないですか」
「あんなの食べた内に入るかよ」
そう不貞腐れるギルベルトは、つい1時間前に菊が用意したお菓子をぺろりと平らげ、自分の分を食べても足りないと騒ぐので、菊が仕方なく自分の分も差し出したのだった。
「せっかく、ルートヴィッヒさんとフェリシアーノ君が夕食の買出しに行ってくれているのに、おやつばかり食べては夕食が食べられなくなりますよ」
「ちっ」
菊の尤もな言い分に、ギルベルトは不満そうに舌打ちをした。
ギルベルトと話している間も、菊は丁寧に洗濯物を畳んでは積み重ねていく。
陽光と洗剤の香りがする白いバスタオルを最後に畳み終わり、菊は満足気に頷いた。
よいしょと、洗濯物を持ち上げると洗面所へと運びに居間を出て行った。
割烹着を着た後姿を横目で睨みながら、ギルベルトは2回目の舌打ちを打った。
居間に戻ってくると、菊は休む間もなく卓袱台にのせたままだった空になった皿を下げ、洗い始めた。
ギルベルトは手持ち無沙汰につけっぱなしにしてあるテレビ番組に目をやりチャンネルを回してみるものの、特に楽しめるような番組も無く、リモコンで電源を切ると、ごろりと仰向けに寝転がった。
僅かに頭を畳に擦り付けると、藁の匂いがふわりとギルベルトの鼻をくすぐった。
菊は居間に戻ると寝転んだギルベルトを見て苦笑した。
「今度はお昼寝ですか?」
顔を覗きながら尋ねるとギルベルトは、うるせぇ、と小さく声を漏らすと菊に背中を向けた。その背中にいかにも不機嫌ですという空気を読み取って、菊はふぅと溜め息をついた。
ふと卓袱台の上にある2人分の茶碗を見ると、半分ほどまで減ったお茶はすっかり冷めてしまっていた。
お茶を入れ替えようと盆に茶碗をのせて台所へ歩き出すと、くんっと何かに引っかかる様な感触があり、菊はバランスを崩し、盆の上の茶碗を危うく落としかけた。
「わっ!」
幸い茶碗は盆の上で転がっただけで、床に落として割ってしまうことはなかった。
ほっと強張った肩を下ろして足元を見ると、背中を向けていたはずのギルベルトが菊の着物の裾を掴んでいた。
「・・・」
「・・・何ですか?」
菊の質問に、ギルベルトは焦ったように手を離すと、何でもねぇよ!、とそっぽを向いた。その様子に苦笑すると菊は盆を卓袱台に戻し、ギルベルトさん、と丸まった背中に声を掛けた。菊の声にピクリと肩を揺らしたが、ギルベルトは返事をしなかった。
「何か御用がお有りなら、言って下さらないと分かりませんよ?」
優しく諭すような菊の声に、ギルベルトは、ぅ、と小さく呻いた。
「それで、どうしたんですか?」
「・・・が・・・こ・・から」
「はい?」
「っお前があちこち行くから!」
がばりと起き上がり、きょとんとする菊にギルベルトはむきになって怒鳴った。
「お前はもっと俺様に構え!」
言われた事の意味が咄嗟に分からず口をぽかんと開けて黙っている菊を見て、ギルベルトは自分が何を口走ってしまったのかを理解したらしく、かぁっと耳まで赤くした。顔を赤くしたギルベルトにつられて菊も顔に熱が集まるのを感じた。
「えっと・・その・・・すみません?」
動揺して思わず謝った菊に、ギルベルトは最早自棄になって、分かればいいんだよ、分かれば、と腕を組んで頷いた。
「・・・それで、構うって何をすればいいんですか?」
「あ?あ、ああ。そうだな!それじゃ・・・」
買い物から帰ってきたルートヴィッヒとフェリシアーノは、居間で菊の膝枕の上で惰眠を貪るギルベルトを目撃することになるのだが、それはもう少し後の話である。
恋愛は常に不意打ちの形をとる。